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論理性と感性の共存が紡ぐ、瞬間のきらめきを追って ― 松村北斗くん26歳のお誕生日によせて

こんにちは。わたくし2021年2月に北斗担としての生を始め、ただいま生後4ヶ月のひよっこオタクでございます。

まずは何より、松村北斗くん26歳のお誕生日おめでとう!!

楽しいことも苦しいことも経験して26歳になった今、彼がジャニーズのアイドルとして、SixTONESの一員として想いを届ける立場にいてくれて本当に嬉しいです。

そんな記念日によせて、「北斗くんの好きなところ」をテーマに文章を書いてみようと思います。

 

北斗くんは色々な顔を持っている人だから、彼に対する"好き"の形もきっと色々なのではないかと思います。

それぞれの人がその時々に存在する松村北斗のイメージに心を動かされているから、好きになったきっかけにしても割とばらけそうな気がしています。そして、一旦心惹かれたあとも、"好き"のかたちは刻々と変わっていくのだと思います。 

私の気持ちも、これから彼を応援していく中でどんどん変わっていくとは思うのですが、ひとつの通過点として今の"北斗くんへの好き"を書いてみたいなと思います。

ひよっこオタクゆえ、そして己のボキャ貧ゆえ、北斗くんの何が好きなのかを言語化するのはまだまだ非常にハードルが高いところではありますが、今の"好き"を残しておくのも何か意味があるかもしれないと信じています。(そして、黒歴史にならないようにと願っています……。)


北斗くんの好きなところはたくさんあるけれど、今回は私にとっての「きっかけ」の話から始めてみます。

私が北斗くんを好きになった最初のきっかけは、ライアー×ライアーの宣伝時期に、本屋で雑誌の表紙に写る彼と目が合ったことです。白い背景に白い衣装、派手な写真ではありませんでしたが不思議と心を引き寄せられたことを覚えています。

そのあと漁った数々のパフォーマンス映像でも、彼はカメラに抜かれた瞬間に強く印象を残していました。 北斗くんが一瞬の見せ場を作る力に長けているのは、皆様頷くところだと思います。

 

じゃあ、彼はカリスマ的な存在なのか?不動の王子様?根っからのスター?

 

誤解を恐れずに言うと、北斗くんって元々ある特定の分野で飛び抜けているとか、あるいは突飛な性分の人ではないと思うのです。これは決してけなしているわけではないと強調しておきたいんですが……。

北斗くんは、顔が整っていて、スタイルもいい。運動神経もいい。頭もいい。なんとなく、だいたいのことは平均以上にできるのだろうなと思います。実際、彼が目立って苦手なことってあまり思いつかなくて。ただ、それって、いわゆる器用貧乏になりかねない性質を孕んでいるとも思います。

でも、北斗くんってそこにとどまっていないですよね。心の底からの大歓声を引き出す力を、自らの印象をその場に応じた濃度で残す術を、間違いなく持っています。

 

その核にあるのが、「演じる」ことだと思います。

アイドルというのは、常にさまざまな切り口で与えられた文脈の表現を求められる仕事です。その表現のかたちは人それぞれだけど、北斗くんにはやはり「演じる」という言葉がしっくりきます。歌い方、踊り方、お芝居、写真への写り方、身のこなしすべてに共通するのが「演じる」という気概。それが、単に容姿の整った人が整ったパフォーマンスをするというところを超える、北斗くんの術だと思っています。

 

「きっかけ」に話を戻すと、写真という媒体は「撮られる側」と「見る側」に時間軸のズレこそありますが、ある瞬間で人を引きつけるという意味ではライブパフォーマンスと同様の性質があるのだと思います。そこで、彼は「演じて」いた。用意されたセットや伝えられたコンセプトを読み解き、彼なりの解釈を加えて「演じる」姿が写真からあふれ出していた。だからあの時の私は、なぜかわからないけど良い写真だ、と思わされた。今振り返ると、そう思います。


「演じる」とは、なんでしょうか。

「良い演技」とは、なんでしょうか。

これは正解のない問いですが、少なくとも、「演じる」という行為は思考と瞬発力の両方をフル回転してはじめて成り立つものであると思います。お芝居であれば、事前に与えられている台本や資料を読み解くことと、撮影当日の雰囲気、共演者の演じ方、演出などを受けてその場で生まれる表現。それらが互いに支え合って、はじめて「良いお芝居」は生まれるのだろうと思います。

そして、なにをもって「良い演技」と評されるかはわからないけど、少なくとも私は北斗くんの「演じる」に包含される表現が大好きです。それは、彼の思考の深め方、瞬間的に表出する感性に惹かれるということだと思います。

 

北斗くんの思考と感性を知る媒体として、「アトリエの前で」があります。

文章というのは人となりが真っ裸にされるから、ファンになった当初、彼がエッセイを書いていると知り、一体どんな文章を紡ぐ人なのだろうとどきどきしながら読み進めたことを覚えています。

そして私が抱いた感想は、論理性と感性の溶け合った文章だ、ということでした。

彼のエッセイは、多くの場合最初に主題のかけらが提示され、次に経験が語られ、最後にまた主題を仄めかすという流れになっています。そして、主題そのものは最後まで読めば見えてくるような、でも完全には姿を現さないような、読み手の想像力をかき立てる透明度で描かれています。その姿勢はとても論理的で、彼が緻密な考えをもって文章をつくっていることがよく表れていると思います。

一方で、そこに語られる経験は、日常の何気ないワンシーンやほんの少しの引っ掛かりといった内容が多いのです。それは、彼があらゆる出来事に対してつぶさに感性を働かせている証左だと思います。見過ごしてしまいそうな気持ちを大事にとっておいて、豊かな言葉で描く。物事への細やかな視線が、北斗くんのなかではいつでも生きていることを窺い知れます。

 

北斗くんの「演じる」には、きっとそんな論理性と感性の積み重ねが鮮烈に表れていて。彼のことを知っている人にも、知らない人にも、何かを感じさせる強さが溢れてる。そして彼の表現は常にアップデートされ、だれかの心を掴み続けるのだろうと思います。


ただ一方で、私は北斗くんの深い思考と繊細な感性が大好きですが、それが芸能界に向いているかというと必ずしもそうではないと思っていて。ここで「向いている/いない」というのは主に「ストレスを感じるかどうか」という意味で使っているのですが、つまり彼は繊細さ故に壁にぶつかり考え込んでしまうことも多々あるだろうから、決して芸能界で生きやすいタイプではないと思うのです。

でもその一方で、彼はアイドルに向いている人だとも思います。不器用かもしれないけど、あらゆる人に対して誠実に接している態度を端々に感じるから。そして、彼自身がアイドルの力を信じ、想いを届けるために心を砕く人だから。だから、北斗くんの中にある論理性と感性の同居は、彼をアイドルたらしめているのだと思うし、心の根っこが「アイドル」なんだと思います。

 

最後に、『ライアー×ライアー』関連の雑誌のなかでとても印象に残っている言葉を。北斗くんが、アイドルという仕事について語った内容です。

宛先のわからない手紙を先に書いておいて、それを必要とする人がいつでも手に取れる、だなんて。すごく素敵な仕組みだなって

― ピクトアップ 2021年4月号より

アイドルを「仕組み」と語る論理性と、「手紙を書く」と紡ぐ感性が溶け合っていて。そして、アイドルの力に対する信念が強く響く、大好きな言葉です。


……余談ですが、私は嵐の大野くんのファンでもあります。大野くんと北斗くんってあまり似ていないと思われそうですし、実際ふたりの性格は正反対に近いぐらい違うと思います。

ただ、大野くんもまた、芸能界には向いていないけれどアイドルには心から向いている人だと思うんです。

大野くんは、北斗くんとはまた違ったベクトルで……北斗くんにも増して向いてないところだらけですけど(笑)、その一方で心の根っこが途方もなく「アイドル」なんです。どこまでもピュアに、愛を届けようとする人だから。

 

私はたぶん、そんな不完全さと、その奥底にある純な想いをいつまでも追っているのだろうと思います。

 

 

北斗くん、26歳のお誕生日おめでとう!